disc reviewとうとうと、湧き出す情感は岩へと染み入る

tomohiro

うつせみソナタ柴草玲

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日本のシンガーソングライター、柴草玲のメジャーデビュー初作品。ソロ以前はチカブーンというバンドでキーボードを担当していたが、脱退ののち、作曲活動と楽曲提供を行う。松田聖子相川七瀬Coccoなどに楽曲提供を行なっており、中でもCoccoに楽曲提供を行なった”樹海の糸”はオリコン最高3位を記録した。(作詞はCoccoである。)

 

14/8拍子で進行するAメロが印象的な曲だ。

 

そもそも僕が彼女を知ったのは、”祭りばやし”という楽曲が、CBCラジオの「いっしょに歌お!CBCラジオ」という企画での2003年8月の歌に選出され、ヘビーローテーションされていたのがきっかけだった。当時11歳だった僕は、憂いと瑞々しさとを持った歌声と、田舎の何年後まで続くとも分からない小さな夏祭りの寂れと切なさを「あといくつお祭りをしよか 高速道路ができるまで」という一文で歌い上げた情緒的な歌詞に衝撃を受け、続いて9月の月間曲として流れていた”前山にて”に描かれた、田園風景と、山々の奥へとその体と精神とを溶け込ませていこうという自然への回帰願望に完全に虜になってしまい、母親にせがんで、初めてCDを買ってもらった。(その時はアルバムではなく、CBCラジオの企画のためにアルバムから上記2曲がシングルカットされたシングルだった。)それ以降、その2曲は夏になると聞きたくなる、僕にとっての夏の、鼻がツーンとするような郷愁を表す、代名詞のような楽曲となった。

それ以降、実に13年の月日が経ち、柴草玲はそれ以降2枚のアルバムをリリース、映画出演など、女優としても活動するなど、その表現の場を広げ、現在は精力的に弾き語りライブを行なっている。

今回、取り上げるメジャー初作、「うつせみソナタ」はジャケットがまず素晴らしく、新緑のような彼女の瑞々しさと、時に佇み、歩みを進めるような静謐さを湛えた描写に長けた彼女の歌詞世界とが見て取れる。前述の2曲にとどまらず、決して交わらない二人の恋を抑え込む情感で歌い上げる#1 “川辺”、クラシカルなピアノアプローチのリフレインが午睡を誘う#3 “煉瓦のかぞえ唄”、バンドスタイルでの演奏もよくマッチする「わたし」から「あなた」への独白とも呼べる#4 “国立”、ファインダー越しに日常を覗くことで、失ったものの形を認識していく失恋の歌、#5 “微粒子”など、どの曲も秀逸なのは歌詞だろう。歌詞に描き込む風景に用いるモノ一つ一つの選び方、そこにさし色を加える小物の加え方が非常に秀逸で、彼女の歌うメロディと歌声の持つ叙情性を何倍にも高めている。#6 “七月五日(月食)”に見られるような、月食、夜という青のテーマを中心とした情景に、「クチナシの匂い」という黄色、赤の成分をスッと落とし込むことによって得られる青のきわ立ちなどは、彼女の綴る言葉の美しさをよく表していると言えるだろう。

Cocco、fra-foaが好きならばまず間違いなく虜になる。日本語の持つ情緒を、低く落ち着いた歌唱と切ないメロディとで表現する柴草玲。ぜひ聞いてみてほしい作品だ。

 

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tomohiro

エモを中心に枝葉を伸ばして聴いています。アナログな人間でありたいと思っています。野菜がたくさんのったラーメンが好きです。

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