disc review感情と危うさとピアノと歌

shijun

小さなリンジー田中茉裕

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埼玉県出身のシンガーソングライター、田中茉裕の1stミニアルバム。全曲がピアノとボーカルのみの弾き語り形式で収録されている。6歳から始めたというピアノの表現力は確かで、他の楽器が一切入らずとも、曲の展開をはっきりと際立たせ、それぞれの曲で違った聴き味を提供してくれている。そこに乗るのは、感情をストレートに吐露するような、ある種むき出しな危うさを持ち、それでも力強く歌う田中の歌声。聴きようによっては子供っぽくも聞こえるその歌声は、若さゆえの衝動を感じる歌詞ともピッタリとマッチしている。田中の持つ危うい感情の揺れに、こちらまで感情を揺らされること必至だ。

 

「リンジー」という謎の存在に優しく語り掛けるように始まる#1。しかし、すぐにそんなに生易しいものではないことに気づくだろう。「幸せ者に君の悲しみはわからない」「そんな目で僕を見ないでくれ」「身の程知らずが」と、攻撃的に、感情をぶつけるような歌詞。弱音の様にも強がりの様にも聞こえる歌声と相まって、表題曲であるのにかなり危うい曲であることがわかるだろう。ピアノもその危うさに呼応するようにかなり細かく低音弦が動き回り、美しい旋律でありながら壊れそうな儚さと危うさに満ちている。#2はリズミカルなピアノからはじまるアップテンポ気味な曲。危うさは消え去ってはいないが、サビでは「とりあえず笑って頑張ってみよう」と歌うこのアルバムの中では割と前向きな曲だろう。かと思えば続く#3では「前だけ見てるなんて大したことじゃない」と言い放つ。巧みな状況描写と力強く重みのあるピアノの音で、シリアスで切ない雰囲気のこの曲でも、田中はやはり剥き出しだ。#4は力強くリズムを刻むピアノと、そのリズムに乗って喚くように歌うサビが印象的な曲。歌とピアノの緩急が絶妙で、強い力でぶつけてきたかと思えば弱弱しくしぼんでいったり、躁鬱的な不安定さを持っておりやはり危うい。#5は「さっぱり歩けなくなっちゃった」自分に対して「大丈夫 君ならできる」と鼓舞する、これまた前向きな内容の曲。とはいえ前向きというか、もはや「覚悟」と言ってもいいほどの情念であり、特に2番Aメロの感情をぶつけるような歌唱はアルバム中でも随一である。

 

このアルバムに満ち溢れているのは、衝動であり、疑問であり、怒りであり、嫉妬であり、諦観であり、弱さであり、逃避への欲望であり、それら全てを乗り越えようという覚悟であり、その他もろもろも含めたあらゆる感情である。それが余すことなく絶妙な強弱で美しい旋律を奏でるピアノに、過激ささえある歌詞に、そして剥き出しのボーカルに乗り移っている。楽曲の完成度は高いのに、整然としたポップスとは何かが違いすぎる、その不安定さに貴方も感情を揺さぶられてみては如何だろうか。

 

 

WRITER

shijun

ポップな曲と泣ける曲は正義です。female vocalが特に好きです。たまに音楽系のNAVERまとめを作ってます。なんでも食べます。

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