disc review雄大な景色、開けた心、その奥、閉じ籠る感情の暴

shijun

I'm Here田中茉裕

release:

place:

埼玉県出身のシンガーソングライター、田中茉裕の2ndミニアルバム。1stアルバムリリースから、活動休止期間を乗り越え、ムーンライダーズの鈴木慶一をプロデューサーに迎えてリリースされた今作。感情のままに危うさを曝け出しながら歌っていた前作(レビューはこちら)と違い、よりポップソングとしての方法論を意識した曲達が並んでいる印象を受ける。とはいえ、決して彼女の持ち味の一つである危うさを打ち消して能天気なポップスが並んでいるわけではない。むしろそ剥き出しの危うさを研ぎ澄ました上で、ポップソングとしてのクオリティまでも高めてきた。

ピアノのみで構成された前作とは違い、一部の楽曲でストリングスを含めた色々な楽器が顔を出しているのもその変化の一つだろう。ピアノのみで構成された前作もうねるピアノが迫りくる凄まじい覇気を感じる作品であったが、今作はピアノが曲を成立させるツールとしての役割から解放され、伸びやかにきらめくピアノが楽しめる楽曲も存在する。#2「5月の太陽」のハイテンションな雰囲気は、まさに新たな表現の獲得と言えるだろう。歌い方も彼女の特有の高音域の出し方を活かしつつ、さらに高らかである。

ストリングスが伸びやかにあらわれつつも、低音域が強調されたうねるピアノがシリアスな雰囲気を作り上げ、その中で大人と子供の境界線を泳いでいるような歌声が披露される#5「あの風は」、ピアノのみで綴られた悲痛な前向きさを感じる#7「嘘ついて」など、重たい雰囲気の曲は相変わらず多い。前作以上に甲高さを増した彼女の歌声は、シリアスな雰囲気の中で唯一の希望とも、悲痛な絶望の象徴とも捉えられる絶妙なラインを突いてくる。その躁鬱感ふくろうずなどに通ずるものもあるだろう。

このアルバムの実質的最終曲#8「夕焼け色の風」は、雄大なストリングスと落ち着きつつも開けた曲調から自然とほろりと来てしまう名曲。この曲の為だけにこのアルバムを買ってもいいほどだろう。「今日の風 抱きしめたいよ」というキラーワードも飛び出し、アルバムの最後を希望に溢れた気持ちで締めてくれる。

その後に収録されているのは#4「ゆるして」のデモバージョンであり、曲名リストを見ただけではどう考えてもボーナストラックという扱いである。しかしながら、このアルバムで最も凄まじいのはなんとこの曲である。押しつぶさんばかりの力強く重いピアノの伴奏に虚ろな歌声で歌われる衝撃的フレーズ「隠し事はいつまでも消えない」からはじまり、どす黒いものを吐き出すように「誰もわかっちゃいない/何もわかっちゃいない/馬鹿にされるのを立ってただ待っていればいい」と叫ぶサビ。そして「あなたが嫌い」で曲が終わるまでの間、歌詞はもちろんピアノだけを聞いても一筋の救いもない強烈な一曲である。

#4に収録されているバージョンではピアノが軽くなっており、歌い方も優しさを感じるものになっているため、このデモ版の全てをぶち壊すような衝撃性は無く、綺麗にアルバムの一曲としてまとまっている。それはそれで楽しめるのだが、アルバム発売に先駆けて公開されたのがこのデモ版の方なのは正解だっただろう。この一曲のために購入してもいいほどの衝撃的一曲である。前作の剥き出しな不安定さを少し抑えてより幅広い層を狙った楽曲もあれば、さらに強烈に深化した楽曲もありと、前作以上にあらゆる層の期待に応えた一枚と成っている。この衝撃的ポップアルバムを堪能しないのはもはや勿体ない。

 

WRITER

shijun

ポップな曲と泣ける曲は正義です。female vocalが特に好きです。たまに音楽系のNAVERまとめを作ってます。なんでも食べます。

このライターの記事を読む