disc review夜半に芳る、春雷の芽吹き

tomohiro

Hey WhatLow

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轟く残響、異常性の皮を被りながらその芯に慈しみを持つノイズ。そこに重ねられる重力を持った男女の和声。これは全くもって事件なのではないだろうか。スロウコア、サッドコアの根元にその名を挙げられるミネソタのインディーロックバンドLow。その新作は厳かで妖しい、星の夜に染み込む漆黒のローブのような、それを幾何学的に歪めたような抽象とも具体とも取れるような角張った不協和だった。

Lowというバンドの歴史は長く、結成30年近くを数える。スロウコアの代表的な一員として挙げられるその音楽性は、睫毛に滴る涙のように繊細でしっとりとしていて、ガラス細工のような危うさがあった。僕は過去に99年リリースの”Secret Name”というアルバムをどこかの中古屋で拾ってきて少し聞いたのだが、「まぁスロウコアってこんな感じなのね」程度の感想しか抱かず、それ以上の深掘りをすることはなかった。

さて、僕のような取るに足らない人間一人の興味如何に関わらず、彼らは着実に活動を続け、今作は数えること13作目である。僕が当時あまり琴線に触れなかったこのバンドに再び触れてみようと思ったのは、レコードショップstiffslackの入荷インフォに「ドローン」「Bon Iver」という二つの文字が並んだのを見たからである。近年のUSインディーの大きな潮流の一つに、電子音楽への大きな歩み寄りが挙げられると僕は思っており、Bon Iverの2016年作”22, A Million”やCopelandの2019年作”Blushing”などは大きな衝撃を受けた。そして、その融合は、それ以降僕がインディーロックを聞く上での一つの指針となった。

そんなわけで電子音楽の1ジャンルである「ドローン」という言葉とインディー×電子音楽の象徴的存在だった「Bon Iver」という二つのワードが踊ったインフォを見て僕は思ったわけだ、「あれ?Lowって今そんな感じなの?」と。

朗々としたアメリカーナの歌唱は、男女の二声で構成されていると思えないほど重厚でゴスペルを思わせる。アルバムを通じて極限にまで廃されたリズムセクションは、既に「バンド」と呼ぶには相応しくないほど言葉少なく研ぎ澄まされていて賛美歌の様相。そしてここに更に鮮烈な印象を加えたのが、歪ませすぎた電子音だ。音が歪むと嬉しいのは一部の人間の条件反射のようなもので、でかい音ばかり聞いて耳がおかしくなってくるとパブロフの犬よろしく歪んだ音を聞くだけで涙腺が緩むようになってくるわけなのだが、このアルバムの歪み方はどう考えてもやりすぎ。音がデカすぎる。でもだから泣ける。

今作の肝は、ゴスペルを思わせる和声の歌唱という神性を持った要素と、ドローン、ノイズミュージックというアングラの極北の要素がなぜか悪魔合体してしまったところにあって、僕はまぁ、つまりはそういうバカの混ぜ合わせみたいなものが大好きなわけで、あっという間に平伏した。

ここからは余談。最近『ライトハウス』と言う映画を見た。それは孤島の灯台守になった二人組の男が現実と神話の狭間で静かにその狂気を湛えていく様を、白黒の正方形という強迫な画面構成で切り出した作品だったのだけど、それを思い出させるような力強い物語性がこの今作『Hey What』にはあった。僕の中でこの2作品はリンクして記憶されることになるだろう。何かとリンクする記憶って、いつまでも残るね。

WRITER

tomohiro

エモを中心に枝葉を伸ばして聴いています。アナログな人間でありたいと思っています。野菜がたくさんのったラーメンが好きです。

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