disc review凪とともに匂い立つ潮と、冷たい霧、輪郭の息遣い
CaptainFog Lake
カナダのニューファンドランドのAaron Powellによる宅録プロジェクト、Fog Lakeの最新作。ニューファンドランドは、カナダの東海岸に位置する島であり、海洋性気候ではあるものの、寒流の影響を受け、気温は低め。南岸は頻繁に霧が発生し、海から立ち上るその霧は、”sea smoke”と呼ばれる、世界有数の濃霧発生地帯である。また、半分は森林地帯であるものの、南部や西部は泥炭地が広がり、土地も痩せている。Aaron Powellの住むグローバータウンは島の東部の海沿いに位置する街で、短く冷涼な夏と長く厳しい冬が彼らの生活の主軸だ。
そんな厳しい環境に息づいた音楽は、やはり、それを感じさせる冷たさがあった。北アメリカ大陸の土臭さ=カントリーは当然そこに根付くが、そこを覆うのはスカンディナビアのフィヨルドの隙間を縫うような、ひんやりとして輪郭のおぼろげな音楽。”霧の島”ニューファンドランドに生まれ、自らもFog Lakeを名乗る、まさにふさわしい音の粒だ。
これまでの彼の作品は、ギターの録音を中心とした、インディロック然としたものであったが、今作は全編を通してぼんやりとしたピアノが主旋律を覆い、古びた気品を漂わせる。シネマティックなその音像は、どこかポストクラシカルへの導入も感じさせながらも、上ずった声でぽつりぽつりと言葉を紡ぐ彼の弾き語りはやはりインディの文脈が強い。
#1 “Dinosaur”はメランコリックなギターアルペジオが霧の街への導入を図るイントロ。アルバムの中でも比較的”明”に位置する温度感は、霧に包まれつつもまだ輪郭は保つ街の息遣いを思わせる。#2 “Acrylic”や#4 “Serotonin”はそんな街を歩む人々の息遣いが弾む縦割りのピアノが印象的。#5 “Monster”は叩かれる鍵盤が描き出すナイーブな道筋とそこに乗る掠れた歌声が不思議と凜とした印象を持たせる。それはまさに”霧の湖”の湖畔に佇むようで、怪物ノナを取る曲名も合わせて、幻想的な物語が裏に描かれる様を感じる。#6 “Doghouse”や#7 “Goldmine”はカントリー調のアコースティックギターが豊かに鳴り、アルバム全体の豊かな含みと倍音を膨らませていく。#8 “Captain”の霧立つ港からの出立を受け、緩やかに沖へと進む小舟は#10 “Dying out East”によって、冷たく華やかな終わりへと沈んでいく。
甘く、幽玄にも思える冷たい島での暮らしを描き出した本作は、彼のキャリアの中でも特別に美しく、清澄な作品だ。孤独な夜、急な夕立、朝日との対面。いつでも蒼く澄んだ霧の香りを潮風に乗せて運び入れてくれる、Fog Lake。
購入はNYPにて。サブスクでも聞けるよ。