disc review立ち込める霧、胡乱な視界、残響を置き去りにして

tomohiro

Chasing After Shadows... Living with the GhostsHammock

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アメリカはナッシュビル由来の2人組アンビエントポストロックコンビ、Hammockの自身のキャリア5枚目となるフルアルバム。このアルバムも含め、現在に至るまでの全てのアルバム、EP、シングルを自身のレーベルHammock Musicより世に送り出している。その音楽性は飽和感に満ち、エッジを削り落とした非常にセンシティブで円熟なアンビエント・ポストロックである。シューゲイザーとして語られることも多いが、個人的にはこのアルバムのみでの感覚では、シューゲイザーよりもエレクトロニカなど、電子音楽に近いモノであるように感じた。

能動的に、我々の精神世界を揺らし、訴えかける感動というモノは、動的感動であり、あくまでも受動的に、観測者の心の揺れを誘引し、受け入れるような感動は静的な感動であると思っている。音楽においても、心を揺さぶる情動というモノは、この二つに分けられる。例えば、matryoshkaarai tasukuなど、日本のエレクトロニカ、ポストロックアーティストは、前者のような心をグラグラと揺れ動かす動的感動を得意とするアーティストが多いように思う。時として、あまりに悲痛なその音像は僕らの心をズタズタに切り裂き、涙という名の血が流れ落ちる。それに対してHammockは、展開で見せるようなサウンドではなく、多くの場合、多展開を避け、静かに、淡々と、無感情であり、しかし慈しみ深く冷感のある飽和的残響を響かせ続ける。その様は宗教的無償の愛を彷彿とされる、無機的で幻話的であり、海に深く沈んだ、あるいは霧の中に佇む街並みのようで、とても静謐で、しかし、描かれる叙情は確かに存在している。

 

静かに打ち寄せる波、優しく街を飲み込む霧、海面を漂う正円の月。僕たちを包み込む大いなる自然はいつでも慈愛に満ちた風を心に吹かせてくれるが、時として、それへの全幅の信頼は底知れぬそら恐ろしさを内包しているようにも思う。どこまでも深く、優しい音楽を奏でる彼らにも、潜む精神性はポジティヴなものだけではない。そこには必ず一定量の負の感情、感傷が存在しており、それがより大きな優しさを表出させている。母なる自然が、時として身を切る風を吹かせるように、大いなる海が、時として舟を飲み込むように。時として厳格たるその様は、享受出来る恩恵の輪郭を、よりはっきりとさせうる力を持っている。

#4 “Breathturn”はまさにHammockHammockたる全てを含んだ必聴の一曲。残響も果てた後に残る飽和的幸福感が、美しいハイトーンボーカルに合わせて鮮やかに、しなやかに描き出される。

 

WRITER

tomohiro

エモを中心に枝葉を伸ばして聴いています。アナログな人間でありたいと思っています。野菜がたくさんのったラーメンが好きです。

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