disc review優しい言葉を紡ぐ貴女の、深い皺に染み込んだ土の香り
LookafteringVashti Bunyan
まずはこれを聞いてもらいたい。
透き通り、温かみを含んだ歌声と、牧歌的アコースティックギター、リコーダー等のアナログな楽器たち。まるで、畑を耕した手のひらでそのまま押弦し、爪弾いているような土の匂いのする楽曲は、僕らの脳裏に、見たこともないイギリスの田舎の田園風景を想像させる。
今回のレビューはイギリスが誇る、インディーフォークシンガー、Vashti Bunyanの、キャリア35年にして、ようやくリリースされた2ndアルバム。
元々は、1965年に、ローリングストーンズのマネージャーによって、その才を見出された彼女だったが、数枚のシングルをリリースしたのち、マネージャーとの関係が悪化し、袂を分かち別レーベルと契約。その後1970年にリリースされたのが、冒頭で紹介した、1stアルバム”Just Another Diamond Day”だ。
この作品のリリース後、一度彼女は音楽活動から離れる。当時はあまり注目されず、小プレスであった彼女の作品は、彼女が音楽から遠のいている間に、幻の名盤として、非常に高い評価を受け、オリジナルプレスのLPには20万近い値段すらついたという。インターネットの普及によって、自身の作品の評価を知った彼女は、アルバムの再発のために本格的に動き出し、2000年に、”Just Another Diamond Day”はCDアルバムとして世に流通した。
自分の娘の音楽活動のために曲を作っていた彼女には、再び、音楽への熱意が目覚め始めていた。Animal Collectiveとの共演等を経て、本格的な活動を再開した彼女が、多くのファンが待望した新しいアルバム、”Lookaftering”をリリースしたのは2005年。冒頭でも述べた通り、1stアルバムから実に35年ぶりの作品であった。この作品は、周りの熱い期待を裏切らない素晴らしい作品として、ファンに受け入れられた。
空白の35年間の暮らし、想いが皺に刻まれた彼女の歌声は、若い頃のハリこそ失われたものの、むしろ温かみは増しており、よりウィスパーボイスへと寄った歌い方、洗練され、物語性の増した楽曲と現代的なレコーディング環境、エレクトロサウンドのミックスも相まって、神話性すら獲得したように思える。シンプルで、展開を多く盛り込まない楽曲の素朴なスタイルには変化はないが、#4 “Hidden”や#6 “Turning Backs” #10 “Feet Of Clay”のように、時として大胆にピアノとフィーチャーすることで、ただ温かいではなく、元来奥に秘めていた湿っぽさ、センシティブさを表へと引き出した。さらにはフォークトロニカ的なエレクトロサウンドとハープの調和が美しい#7 “If I Were”などは、今だからこそ取り入れられたアプローチだろう。また、兄の死を歌う#9 “Brother”などは、若い頃の彼女のような周りを取り巻く風景から得るインスピレーションではなく、より精神的にダイレクトな影響を歌ったもので、今の彼女だからこそ歌えるものだろう。
ピアノを弾くのは、Bunyanと同郷、エディンバラのピアニスト、Max Richter。彼の叙情的なメロディセンスは、日本でいうならば久石譲と近い雰囲気を持っており、そういった意味でも我々と非常に馴染みやすいはずだ。そのほかにも、ゲストとしてハープ奏者かつシンガーのJoanna Newsomや、Mice Paradeのアダム・ピアスなど盤石の面々を迎えたこの作品、是非、ウィスパーボーカル好きや、フォークトロニカ、インディーロック好きなど様々な層の人に聞いて欲しい名盤だ。