disc review落穂拾いと月の騒めき、バター色の焦がれた夢まで

tomohiro

Tara Jane O'neilTara Jane O'neil

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11月に来日ツアーが控える、アメリカのマルチ・インストゥルメンタリスト/シンガーソングライター、Tara Jane O’neil。今回はその最新作であるs/tのレビュー。まず、僕が彼女のことを知ったのはごくごく最近のことで、来日のアナウンスに合わせて発表されたツアーメンバーに、TortoiseのドラマーであるJohn Herndonがいると聞き、急に興味が湧き、聴いてみたという経緯。

彼女の音楽家としてのキャリアのスタートは、ポストハードコアバンド、Rodanのベーシストとして。言う人に言わせれば、SLINT亡き後のポストハードコア黎明期における救世主であったとまで語られる。

これは94年作、”Rusty”。リリースは、のちに彼女がソロでデビューしたのちも、長く在籍することとなる、Quarterstick Recordsから。このレーベルはTouch and Goのサブレーベルであり、June of 44などのポストーハードコアのリリースと並行して、Rachel’sのような耽美的なフィーメルアーティストも手掛けており、彼女もその枠の一つとしてこのレーベルとの関わりがあったのだろう。

バンド解散後も、複数の短命バンドを渡り歩きながら、2000年に初のソロアルバムをリリース、今日までソロ活動を続けながら、それと並行して多くのバンドでサポートを務めている。

さて、90年代のポストハードコア周辺のバンドマンの面白いところとしてあるのが、その多彩さと広い音楽の造詣から得られる音楽性の懐の深さなのではないと僕は思っている。(もちろん、この手のジャンル以外でもそういった傾向のアーティストの多いジャンルはあるだろうが、僕自身このジャンルの音楽を掘れば掘るほど、そこで演奏するアーティストたちの多彩さや懐の深さに驚かされるのだ。)それはいわゆるポストハードコア黎明期であるところのDCハードコアの一つのキーワードとして、「インテリ」と言うものがあるからだと僕は考えていて、DCのある程度裕福で教養も持った若者たちが、そのバックグランドを生かし、自身の音楽を深めるべく精力的に活動していた一つの結果なのであると。例として思い浮かぶのは、June of 44のメンバーも在籍したhooverは解散の後に、ドラマーChristopher Farrallを中心にジャズフィーリングのかなり強いというかジャズなインスト、The Sortsを結成するというような事例である。

 

要するに言いたかったこととしては、ポストハードコアやってたからって、ソロでもポストハードコアじゃないんだぞという、まぁある意味当たり前の話なわけで。そんな彼女の処女作、”Peregrine”はこんな感じ。

 

 

象徴的なのが、午睡を誘うような柔らかなコードトーン。時としてポストハードコア由来のソリッドな曲調も交えつつ、彼女の暖かい歌声でまとめ上げる。

この作品から17年。アルバムとして数えるなら8枚目の今作、彼女は自分の名前をそのアルバムにつけた。

 

柔らかい輪郭はさらにその温かみを増し、ボーカルワークも17年の時を感じさせる美しい枯れ感のようなものが感じられるのではないだろうか。渇いた歌唱は、潤んだ演奏とお互いに溶け合い、透明感を磨き上げる。収録曲の半分は、WilcoのエンジニアであるMark Greenbergの手によってアレンジされ、客演には元DeerhoofのChris Cohenや、自身もサポートしたIdaのDaniel Littileton等を迎えた豪華な設え。

 

 

そんな万全の環境の中から生まれたのは、最近のインディーロックのムーヴメントにも呼応するような、(具体的にはMac DemarcoReal EstateWhitneyなど)あの頃の郷愁へリバイバルするような音像。ゆっくりと流れる時間を繊細に彩るようにしてフォーキーなギターが紡がれる#2 “Blow”などはまさにといったところだろう。一方で#3 “Sand”ではStingっぽい男性的なアダルトな雰囲気が漂う。パサパサとしたドラミングや夕暮れのように挿入されるラッパ隊など、黄土色の砂のこぼれ落ちていくかのような儚い様を感じる。また、#6 “Laugh”ではインディーポップライクな弾む感覚を見せながらも、やはり彼女の透明感のある声がそれにより描写的な表情を加えていく。ギターの好演も見どころ。暮れていく赤橙の色を思わせる収録曲が多い中で、#8 “Purple”はひんやりとした夜の曲。濃紺の背景に生えるバター色の月がその色の境界を溶かしていくような、甘美さと、それをどこか他人事のように距離を置くような温度感の歌。

来日は11月。公演も大阪、名古屋、松本、金沢、東京と中部を中心に回るようなので、ぜひ、ひと夜のまどろみに心を溶かしたい人は。

Tara Jane O’neil Japan Tour 2017

 

WRITER

tomohiro

エモを中心に枝葉を伸ばして聴いています。アナログな人間でありたいと思っています。野菜がたくさんのったラーメンが好きです。

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